( 旧)ラカーサ徒然

福岡 ラ・カーサ シェフ日記

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入院日記その八十四と最後の晩餐


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Good morning everybody!

おはよう。諸君。
諸君たちにとっての、昨日の朝が、今始まる。
今日は、日差しが降り注いだ。少しの間だけだったけれども。

そして、カウントダウンである。
ついに後、1日である。

このまま、いい感じで静かなる退場をしたいものである。
しかし、最後の晩餐の後にはユダの裏切りがあるのである。
最後の晩餐をしなくても、ユダの裏切りだらけだと、すごく嫌である。
うーん。マグダラのマリアの愛が欲しいなぁ。

朝食は、カボチャのスープとミニハンバーグの切れ端だった。カロリー計算なんだろうが、なにか悲しいぞ。
でも、ごちそうさまでした。

しかし、ここに、後1日と書いても、私的には、後2日なのである。そこら辺は、察して読んでもらいたい。気分的なタイムラグが生じる可能性があるので。

連休の合間の病院は、ばたばたしている。入院患者も一気に入ってくる。
私は、それを横目に自転車をこいでいる。途中で主治医の先生が来る。明日最後の採血や退院してからの打ち合わせ。で、また自転車をこぐ。メールがきて、電話がきて、いろいろ凹む。
自転車は一時間十五分こいだ。

部屋に戻ると、他のベッドは埋まっており、家族たちがいて騒がしい。
なにか、居場所がないなあ。という感じだ。

お昼ごはんは、鶏の照り焼きと赤飯。プリンだった。うん。ごちそうさまでした。

最後にきて、やはり一筋縄ではいかないのが、私なのだろう。なにか、呪いの輪に絡めとられているような、そんな状態だ。
やはり、ユダが忍び寄ってきたようだ。やるなぁユダ。登場する場所を間違えないよ。

一時間ぐったりしてから、午後の自転車に向かう。
一時間十五分。昨日の分まで汗が吹き出た。時間ではなく汗ストップである。キツい。

最後の晩餐には、まだまだ早いのだが、最後の晩餐までには、様々な暗躍が飛び交い、それまでの何日間こそが、苦しい事柄が行われるのである。
私はどうであろう?
ユダ以外もいろいろあるのだ。実はユダは裏切りものではなかったのかもしれない。
というよりも、この三ヶ月の入院自体を十字架と考えるなら、むしろ事件後であり、推理小説の様相である。
復活が決まっているのが、唯一の分かっている救いである。


しかし、プレドニン。
キツいなぁ。身体もキツいし、精神もキツいけど、集中できないことが一番キツい。がんばれないってやつだ。
薬が減って、退院して、それになれていって、という過程を踏んでのリハビリだ。こんなに書いていてと思うかもしれないが、これを書くのには全然集中力はいらない……。
しかも、ホントにキツいことは、外側にあるし……。ふう。


晩ごはんは野菜巻き牛肉と里芋のそぼろかけだった。ごちそうさまでした。

そして、階段上り下りである。十往復。プラスアルファ。
昨日休んだのがよかった。もう右足の痛みはなく、かなり階段上り下りはよくなった。といっても、麻痺はあり、怯んでいると、転んでしまう。後は、退院後のジョギングにでもかかっているのだろう。

どうも自分のことを、上からの自分に糸で操らせている感覚になっている。うん。

五時起床。
だが、身体は動かない。
今日が最後の入院日なのだが、まあ、健康に退院するのも無理な話というものなのだ。

ぐだぐだしていたら、六時になってしまい、洗顔をして、珈琲を入れる。
ネスカフェなくなっちゃったよ。どうしよう?

とりあえず認めよう。
今日の最後の入院日。今までの88日間(明日を入れて)の中で、一番最悪の最低の日であると。唯一よいのは、病状快復退院間近というだけである。
今日を乗り切るというより、どう明日に繋がるようにできるか?

とりあえず、熱い珈琲!










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